五輪塔に梵字の種子を彫るのは、そこに仏を迎えて仏塔にするためで、祖霊を祀るにふさわしい清淨な淨土にすることができます。梵字、とくに日本に伝えられた悉曇梵字は、古代インドの美しい文字ですが、仏教経典の原典の記述に使われた神聖な文字でもあります。そして梵字の種子とは、仏や菩薩が包蔵する仏智や仏果など一尊のもつすべてを一字の梵字で象徴表示するものです。すなわち、種子は単なる仏のイニシャルではなく、仏そのものと考えられ、各尊の尊名、あるいは真言(さとりを成就するための真理を梵字に託したもの)から一字をとっています。

 

五輪塔に彫る梵字の意義と薬研彫り

 

弘法大師空海は「梵字のもつ真実の意味を知って、これを用いれば、出世間、すなわち世間を超越した如来の世界の陀羅尼の文字となる」(梵字悉曇母并釈義)として、一字一字の梵字に深遠な哲学的意義が蔵されていると説いています。

 

五輪塔に彫る梵字の意義と薬研彫り

 

さらに空海は「梵字は、過去・現在・未来の三世にわたって永遠であり、十方に遍在してなおかつあらためられることがない。梵字を学んで、これを書くならば、確実に永遠の仏の叡智を得ることができる。真言である梵語、梵字を観想すれば、かならずこわれることのない真理の身体を体現できる。もろもろの教えの根本で、もろもろの智慧の父母ともいうべきものは、この梵字にあるのではないか」を説いています。

 

五輪塔に彫る梵字の意義と薬研彫り

 

日本では密教の興隆とともに、梵字に特別の宗教的意義が付せられ、長い間、仏教団の内部においてのみ大切に取り扱われてきました。この聖なる文字の書写が一般の人に普及しはじめたのは最近のことです。墓塔に梵字の種子7を彫ることは、このように大変意義深いもので、仏そのものを彫ることになります。この梵字は、僧侶によって仏塔に墨で書かれたこともありましたが、正しくは薬研彫りという方法で一字一字、ていねいに彫られます。漢方で薬種を粉にするときの器具を薬研といいますが、この器具のようにV型に彫り込んで舟型になる彫り方を薬研彫りといいます。